新規事業立ち上げからPMFのフェーズにおけるセールスの極意【freee × AI inside 対談:前編】
「スタートアップ&新規事業における最初のセールスのお仕事」をテーマに、AI inside 株式会社(以下、AI inside)とfreee finance lab株式会社(以下、freee finance lab)のセールス部門の責任者が対談しました。スタートアップにおけるセールスの極意が詰まった対談のサマリーを前編と後編に分けてお届けします。後編はfreee株式会社のWantedlyページにて公開されています。
新規事業立ち上げ期におけるセールスの役割
野澤:まず、一つ目のトークテーマとして、スタートアップ・新規事業の最初のセールスの仕事と役割について伺います。
花井:谷さんはAI inside 入社当初、プロダクトがない中でセールスを担当していたと伺いました。振り返ってみていかがでしょうか。
谷:入社して初めての営業会議が、売るものがないけれどどうしようかというアジェンダから始まりました(笑)。当時、AI-OCRは市場らしい市場がほぼない状態、つまりブルーオーシャン戦略で自ら市場を作っていくフェーズでした。当時はまだ、自分たちがどこの海にいるのか、どこへ向かったらいいのか仮説しかなく、これからという状況でしたね。
花井:ちなみに、谷さんが入ったときには、お客様は既にいましたか。
谷:数社、実証実験中のお客様がいる状況でした。
花井:最初に取れた案件はどういう感じでしたか。
谷:第一号案件は大手の損害保険会社様でしたが、プロダクトはまだ完成していない状況でした。こういうものができますから、これでPoC・実証実験をやりましょうと、発注を決めていただきました。
花井:立ち上げ初期から、保険業界を狙っていく意図はあったのでしょうか。
谷:そうですね。当社のDX Suiteは紙帳票をデータ化するソリューションなので、そのデータ入力の時間を削減するものです。なので、金融や自治体、そしてデータ入力業務を受託しているBPOなどの業界がマッチするのではないか、という仮説はありました。
花井:お客様が徐々に増えてくるなかで、プロダクトへのフィードバックも役割としてセールスが担っていたのですか。
谷:まさにおっしゃるとおりです。スタートアップでは、セールスが「売る」だけをされていることは多分ないのではないかと思います。現場でお客様の事業を知って、オペレーションを知り、そしてそれを動かす組織を知りながら、仮説をぶつけ、そこに対して出てきたフィードバックをいただき、製品に反映させるところまで含めて、トータルで何でも屋さんのようなセールスをやってきました。
花井:freeeでも現在、金融の領域では野間さんがほぼ1人の状況で、プロダクトがないところからセールスをやっています。プロダクトの方向性や狙いを決めながら開発をしているものの、実際に当ててみると違うという話はありますか。
野間:私たちはAI inside さんとは逆で、レッドオーシャン戦略により既存市場を塗り替えにいっています。既に「市場はこういうもの」という前提がお客様の中であるため、そこに対して「新しいこういうものがあって」という翻訳作業に加えて、「これからの時代はこれです」と伝道師のように広めていくことがセールスの役割だと思っています。もちろんプロダクト開発側とのやりとりも必要ですし、お客様から頂いた声を適切にまとめて伝える力が必要です。
花井:確かに、freee会計の場合も、会計ソフトが既にあり、それをクラウド化することにより新しく価値が得られるのですが、その点からいうと、全く競合がいないというよりは、既存のものをよりアップデートするものですね。
お客様の業務の解像度を上げることがPMFへの近道
野澤:次のテーマは、プロダクトリリースからPMFフェーズ、Product Market Fitについてです。
花井: PMFしたという感覚はありましたか。
谷:「ここがPMFだ」という感覚はなく、今振り返ればという感じです。当時はとにかくがむしゃらに、セールスとしてお客様の業務に対する解像度を上げることに何より注力してきました。「この機能が欲しい」というご要望はもちろん伺いますが、それをそのまま実装するのではなく、業務の解像度を上げることでお客様の本当のペインを把握し、その解決策をプロダクトに反映させてきました。
花井:それで事業が伸びてきたわけですから、フィードバックの方向を間違えていなかったということですね。開発へのプロダクトのフィードバックも谷さんがしていたのですか。
谷:はい、ダイレクトにエンジニアにフィードバックしていました。できる限りお客様の根っこの課題にフォーカスし続けていました。また、私たちに期待を寄せてくれるお客様は実験やフィードバック、AIを作るためのデータ提供など積極的に協力してくださったので、そういったお客様に支えられてプロダクトを成長させることができました。
花井:PMFを早くするために、セールスとして意識することはありますか。
谷:繰り返しになりますが、やはりお客様の業務の解像度をどれだけ上げられるかだと思います。もし仮に、私が起業して生損保業界向けのソリューションを何か作るとしたら、その業務に精通した人に最初にジョインしてもらいたいと思います。
”謙虚さ”が優れたセールスパーソンを作る
花井:失敗談はありますか。
谷:たくさんありますが一つ述べると、今では直販営業で1ヶ月に1件も売れない人は全くいないようなプロダクトを、私は3ヶ月くらい売れなかった経験があります。当時、大型案件の提案が進行していました。その案件にかなり注力していたため、他案件の提案を怠っていたのです。結果、私の読みは甘く、大型案件はどんどん後ろにずれ、結局1年後に契約に至りました。そこからの学びは、足を止めないことの大切さです。大型案件があろうとも商談数を一定量キープすることが継続的に結果を出すポイントだと失敗から気づきました。
野間:セールスあるあるですね。気持ちがよく分かります。
谷:案件がなくなり本当にまずいと思ってから、1日1件程度の商談数を一気に5倍ぐらいに増やしました。
花井:増やそうと思って増やせるものですか。
谷:当時は20〜30名の組織でインサイドセールスもおりませんでしたので、力技です(笑)。コールドコールや展示会で問い合わせいただいたときのお名刺などから商談を増やしました。そこから勝ちのサイクルに入ることができ、アクションを始めた3ヶ月後くらいには一番の販売成績を上げることができました。
花井:とてもうなずいていましたが、野間さん、freeeカード Unlimitedリリース時はいかがでしたか。
野間:freeeカード Unlimitedでは大きい失敗はまだないですが、これから訪れるのではないかと思います。一方で、私も谷さんと同じような失敗がありました。入社当時、freee会計のセールスをしていたときです。全く売れず、1件、2件にかかりきりになっていました。その当時のセールスメンバーでは年齢的には上のほうで、中途で期待されていたのですが、売れずに…何も結果が出せずに3ヶ月たってしまいました。
花井:やはり大口を一発当てようという気持ちになってしまいますか。
野間:そうですね。大きな案件があるときはそれに集中したくなるものです。そういうときは、リードも要らないからこの案件に集中させてほしいと思うようになり、リスク思考ができなくなります。常にBプランを持っておくことが重要だと学びました。
谷:おっしゃるとおりです。アーリーのフェーズであればあるほどそうですね。
花井:大きい案件だけを狙っているチームがあるのであれば、全体としてはいいのかもしれませんが、数人でやっているスタートアップのセールスだと大変な状況になり、つらいところですね。
野澤:失敗談を振り返ってみていかがですか。
谷:今は役員をさせていただいていますが、AI inside に入社した時点では何者でもなかったです。人のマネジメントもしたことがなかったですし、エンタープライズセールスもほぼ経験がなく、全てが手探りだったと思います。
野間:私の場合は、なぜか最初の3ヶ月は自信満々でした。前職の金融機関ではトップセールスではなかったものの、それなりにできているほうという自己認識があったため、未経験であるスタートアップのソリューションセールスでも、自分なら絶対にできるという謎の自信だけがありました。もう少し謙虚に、先人たちから意見を聞くことができたら違っていたと思います。
谷:とてもよく分かります。私も「謙虚」がキーワードだと思います。お客様もそうですし、その当時の周りのメンバーからの声をしっかりと正面から受け止めて素直にやっていれば、もう少し良かったのではないかと。スタートアップに限らないかもしれませんが、本当にそう思います。
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対談を終えて(AI inside 谷 槙太郎)
気づきと共感が非常に多い対談でした。両社それぞれのプロダクト特性により市場やターゲットへのアプローチは異なるものの、スタートアップのセールスという観点において共通項が多数存在していた点は興味深かったです。freee finance lab取締役の花井さんとは古くからの友人でしたが、そんな花井さんとお互いに上場企業の役員として対談ができたことも個人的には嬉しく思っております。これからも更に広い領域で両社がWin-Winになるような情報交換や連携を進めさせていただければと考えています。