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AIによる企業成長を可能にする、ルールとガイドライン活用の最前線を探る:AIIC2024 パネルディスカッション

AI inside は2024年10月28日、年次カンファレンス「AI inside Conference 2024」を開催しました。

かつてない速度で進化を続ける生成AI。その可能性は、既存のビジネス常識を超えた革新をもたらす一方で、ハルシネーションや一貫性の欠如といった課題も浮き彫りになっています。本カンファレンスでは、AI inside のCEO渡久地が、最新の取り組みや新たなコンセプトを紹介すると共に、日本における生成AIのさらなる利活用に向けたトークセッションを実施しました。

後編の本稿では、ゲストを招いたパネルディスカッションをレポートします。AIガバナンスに長けた専門家を始めとした登壇者たちが、高精度なビジネス要件と生成AIの可能性を両立させる具体的な方策について議論を展開。日本企業が進むべき独自の道筋が示されました。

ーーー前編はこちらーーー

「攻めのAX」と安全性をいかに両立させるのか?

本パートは『「攻めのAX」を成功させる、AIガバナンスとリスクマネジメント』をタイトルに、AIによる企業の成長とトップライン向上を可能にする、ルールとガイドライン活用の最前線を探ることがテーマです。

ディスカッションに先駆け、登壇者の一人でもあるAI inside取締役CMOの前刀禎明は、MicrosoftとLinkedInによる調査を引用し、「マネージメントの66%がAIスキルのない人材は雇用しない時代が来ている」と指摘。ただし、これは技術的なスキルではなく、AIの活用力が問われていると説明しました。

そうした時代の要請に応えるべく、AI insideは「InsideX」部門の再定義に着手。InsideXを、AIテクノロジーとその事業化に深い知見を持つプロフェッショナル人材が結集した「経営層向けAI実装コンサルティングチーム」として紹介します。前刀は、かつて共に働いたスティーブ・ジョブズの言葉「Get much simpler(もっとシンプルに)」を引用しながら、InsideXが伴走するAIトランスフォーメーション(AX)の本質に迫ります。「シンプルにするということは、物事を単純にすることではなく、究極のゴールを明確にすることです」。

前刀は過去のビッグデータやRPA、そして直近のDXといった例を挙げ、「これらが目的化してしまい、ビジネスの成長に直結しない例が多かった」と指摘。InsideXは「Your Bridge to The Ultimate Goal(究極のゴールへの架け橋)」を掲げ、企業の本質的な成長を支援する存在を目指すと表明しました。

米国と日本、「AIガバナンス」アプローチの違い

この「究極のゴール」を「攻めのAX」によって実現するために必要なものは何か?

その一端を明かそうと、パネルディスカッションではAI Safety Institute所長の村上明子氏、PwC Japanグループ  データ&AIリーダーでありパートナーの藤川琢哉氏、日本ディープラーニング協会専務理事の岡田隆太朗氏と共に、AI insideからは前刀に加え、InsideXの部門長である髙橋蔵人、そして司会進行として東北大学特任准教授でもある西川智章を交えて、活発な議論が展開されました。

まずは「生成AIを活用する企業にとってのリスク」に話が及ぶと、AIガバナンスに長けた藤川氏から、PwCが半年ごとに実施している世界規模の調査結果を示し、日本企業の現状に警鐘を鳴らします。「2023年秋まで、日本は世界で最も生成AIを活用していた国でした。しかし、2024年春には米国と並び、今後は追い抜かれる可能性が高い」と指摘。

その背景にあるのが、AIガバナンスの整備状況の違いです。「米国企業は2023年初頭から約1年をかけてリスク対策を準備し、それを経て本格的な活用を開始しました。一方、日本企業は“新しもの好き”でリスクを度外視した導入が先行し、結果として効果的なユースケースを生み出せていない状況です」と分析します。

調査結果が示すもう一つの特徴的な違いは、AI活用の推進体制にありました。藤川氏によれば、日本企業では「Center of Excellence(CoE)」と呼ばれる統括部門が主導するケースが多いのに対し、米国では現場部門が推進役となっていると言います。

「米国企業は、AIのリスク対策を進める中で、現場で理解できる具体的なルールを整備してきました。その結果、現場が安心して活用できる環境が整い、『1部門1ユースケース』のような形で新しい活用事例が次々と生まれています」と藤川氏は説明。

一方、日本企業では「ハイレベルなポリシーは作るものの、具体的なルールができていない。そのため、生成AIを使う際は必ずCoEを介すようになり、結果としてメールの補助や資料作成の補助といった、全社共通の中庸的なユースケースに留まることが多い」という課題を抱えています。藤川氏は「効果の出るユースケースを作っていくためにも、AIガバナンスこそ日本が取り組むべきタイミングに来ている」と呼びかけました。

これに呼応し、AI Safety Institute所長の村上明子氏は、日本企業特有の組織文化にも言及します。「日本の現場は逆説的に力が強く、各部門が自分たちのプロセスに誇りを持ちすぎているため、他部門との連携が『不可侵領域』のようになってしまっている」と指摘。

対照的に、米国では人材の流動性が高く、部門間の壁が低いことを強みとしています。「米国企業では、生成AIのような革新的技術が登場すると、『この部門構造は新時代に適しているか』という根本的な問いかけから始めます。経営者主導で部門を超えたビジネスプロセスの見直しが行われ、現場も『昨日までと同じやり方ではダメだ』という意識を共有している」と村上氏は説明しました。

人口減少時代の日本におけるAIの可能性

一方で、人口減少が避けられない状況の日本において、AIの利活用は喫緊の課題でもあります。日本ディープラーニング協会の岡田隆太朗氏は「日本ほどAIやロボットの力を必要としている国はない」と、日本特有の社会課題がAI活用を加速させると述べます。さらに岡田氏は、日本特有の文化的背景にも触れます。

「アメリカではターミネーターのように、AIやロボットを脅威として捉える傾向がありますが、日本人は『鉄腕アトム』や『ドラえもん』の影響で、AIを助けてくれる存在として受け入れやすい。これは大きなアドバンテージになる」と分析しました。

一方、米国では様相が異なります。「『ターミネーター』のように、AIやロボットを脅威として捉える傾向があります。イーロン・マスクが工場のロボット化と人員解雇を結びつけて語るように、AIの導入はすぐに雇用問題として議論されます。しかし日本は、むしろAIやロボットを積極的に活用していかなければならない状況が確定している。その意味で、最高の環境が整っているのです」。

では、具体的にどのようにAIを活用すべきか。岡田氏は「10人でやっている仕事を8人でやらなければならない時、どこにAIを使えるか」という実践的な視点を提示します。「AIを漠然と捉えるのではなく、一歩踏み込んで、何ができて何ができないのか、どんな準備が必要なのかを、ビジネスチーム全員で把握することが重要です」と強調。さらに、個々の部署や業務だけでなく、プロセス全体を俯瞰する視点からAIの使いどころを考えることで、業務プロセスが見直せると伝えます。

ただし、これは単なる人員削減ではありません。「残された人材が新しい価値を見出し、新しいビジネスを作っていくための転換なのです。そのためにも、当たり前だと思っていた日々のルーチンワークやプロセスを見直し、AIを活用した真のトランスフォーメーションにつなげていく必要があります」と岡田氏は展望を示しました。

トップマネジメントのAIリテラシー向上が鍵に

AI insideでInsideXを率いる髙橋蔵人は、組織変革を成功させる鍵として、経営者の理解獲得の重要性を強調しました。テクノロジーをビジネスを加速させる仲間として捉え、「トップライン向上の手段」として認識してもらうことが先決である、と髙橋は言います。

特に、技術的な説明や複雑なコーディングの話は避け、経営者が担うKPIの達成にAIがどう貢献できるかを示すことが効果的だと指摘。「InsideXが携わる実際のクライアントでは、経営層と机を並べて伴走支援を行い、業務プロセスの中で必要な要素としてAIを位置づけることで、変革が大きく加速したケースがあります」と具体例を挙げました。

経営者のAIリテラシー向上のために、日本ディープラーニング協会が提供する資格制度の「G検定」や「E資格」も、組織変革のツールとして注目されています。岡田氏は「社長やリーダー層がG検定を取得する」という具体的なアプローチを提案。AI活用の先行事例、契約や倫理、法律といった必要な知識を網羅的に学べ、ビジネスプロセスにAIを当てはめやすくなるとメリットを伝えました。

また、企業が始めるべきこととして、村上氏はAI Safety Instituteが公開している各種ガイドラインの活用を推奨します。AIの安全性だけでなく、人権やプライバシーといった倫理的な側面も含めて、企業としての責任を考える必要があるからです。

日本は2024年4月に「AI事業者ガイドライン」を発表。これは世界的に見ても特徴的な内容となっています。「米国などのガイドラインは、生成AIをリリースする大企業や開発者向けの指針が中心です。一方、日本のガイドラインは、AIを事業に活用する企業が何をすべきかを明記している点が特徴的です」と村上氏は指摘します。

ただし、現状のガイドラインはまだ抽象的な部分も多く、具体的な実現方法までは示されていないといいます。そこで村上氏は、まず自社のAIリスクを適切に評価することの重要性を強調。AI Safety Instituteでは、大規模言語モデル(LLM)に関する安全性評価の観点や、攻撃的な試験によるリスク評価(レッドチーミング)と呼ばれる検証手法のガイドを提供しています。これらを実施し、具体的な対策を検討することの有効性を提言しました。

「AIのリスクは一般的にイメージしづらいものです。しかし、自社のAIシステムによって人が傷つくような事態を防ぐこと、そうした危険な情報を出力しないようにすることが、AIの安全性確保の第一歩となります」と村上氏。また、自社内でそれらの実施が難しい場合は、外部パートナーとの協業も有効である、と自身もPwCでナレッジ提供や支援に努める藤川氏は勧めます。

AI insideの前刀も「我々もAXのコンサルティングを本格的に始動させます。ぜひとも皆さんお力添えをいただき、私たちの描く未来を信じてほしい」と決意を述べ、ディスカッションは幕を閉じました。

「No More Tools, Work with Buddy」の実現へ

クロージングセッションで再度、登壇したAI inside の渡久地は「AIの可能性と安全性とはトレードオフではなく、むしろ両立させることでより良いものになる」と力強く語りました。AI inside は「Work with Buddy」の考え方の下、信頼できる技術と製品を顧客と共に作り上げていく決意を示し、来年のカンファレンスでさらなる成長した姿を見せることを約束して、イベントは締めくくられました。

AI inside はこれまで、技術革新とビジネス価値の両立を追求してきました。今回打ち出した「No More Tools, Work with Buddy」という概念。それは単なるキャッチフレーズではなく、新たなAI活用のパラダイムシフトを表現するものと確信しています。

新機能である「DX Suite」のAIエージェントは、アーリーアクセス(早期評価版)として受付を開始。2025年初頭の実装を目指して開発中です。

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(文・長谷川賢人)