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AIと宇宙探査は似ている。未知へ挑む挑戦者のマインドセット【東北大学・吉田教授×AI inside CEO 渡久地&CMO 前刀】

AIプラットフォームを提供するAI inside は、2023年6月19日(月)にイベント『AI×宇宙探査から学ぶ 未知なる経営課題への挑戦』を開催しました。

ゲストには、内閣府の「ムーンショット型研究開発プログラム」や小惑星探査機「はやぶさ」など、数多くの宇宙開発プロジェクトに携わる東北大学大学院 工学研究科の吉田和哉教授を招きました。また、AI inside の代表取締役社長CEOの渡久地択、同じく取締役CMOで元アップル米国本社副社長 兼 日本法人代表取締役の経験を持つ前刀禎明が登壇。

両者はすでにAI×宇宙探査で共同研究を進めている関係性があります。世界をリードする最新の宇宙ロボット研究の現場に、AI inside が持つAI技術が貢献し、人類へいかなる可能性を拓こうとしているのか。その挑戦に求められる考え方とは何か。ウェスティンホテル東京にご来場された約120名、オンライン配信を視聴された約90名とともに活発に交わされた、質疑応答も含む1時間あまりのイベントをレポートします。

AIが宇宙探査に必要な理由と「なぜ今、月を目指すのか?」

イベントの冒頭、CEOの渡久地から開会の挨拶が述べられた中では、昨今のChatGPTを始めとする生成AI・LLMの利活用の現状について言及がありました。アメリカなど外国製のサービス群に対し、多くの専門家が「利活用こそが日本の勝ち筋」と見解を寄せる一方で、渡久地は「活用するだけ(というスタンス)では最初から負け戦なのではないか」と考えを改めたと言います。

そこでAI inside も、2023年6月8日に、生成AI・LLMの研究開発と社会実装を行うチームとして「XResearch」の組成を発表。渡久地自らが研究開発とサービス化をリードし、この領域に“日本発”として参入します。「私たちはすでに、国内最大級の140億パラメータを有する日本語LLMサービス『PolySphere-1(ポリスフィア-ワン)』を開発しており、企業・団体を対象にα版の利用受付をスタートしました」。

XResearchを設立するに至った背景には、今回のゲストである東北大学の吉田教授の研究室と、共同研究の取り組みを進めてきた過程も、大きく関わっていると渡久地は話します。なぜなら、吉田教授が進めるロボットや宇宙探査の領域で、AI技術の活用は非常に大事なポイントになると目されているからです。

AIのテクノロジーを宇宙で使える現実的なものとするためにも、研究という実際的な場所がAI inside にとっても必要でした。AI inside が持つ企業としてのマスタープランについても共有した上で、AI×宇宙の研究が進んでいくことに対する面白さを、渡久地は強調します。

渡久地の挨拶に続き、プレゼンテーションとしてマイクを受け取った吉田教授は、東北大学の教員として着任した1995年より、宇宙ロボットを研究する自らのラボを立ち上げた歴史を振り返ります。

そして、約30年の研究の後に「なぜ、今、月を目指すのか」という問いに対しては「月には非常に低温の極域があり、H2Oが氷という形で埋蔵している科学的なモデルがある。しかし、誰も現場で確認できておらず、掘り出せてもいません。実現すれば、さまざまな可能性が広がる」と意欲を見せます。そして、この月の極域の探査においても、AI技術が大きく貢献する余地があると言うのです。

複数ロボット間での情報共有、カメラビジョンからの画像認識など、AI技術のメリットを生かした「より知能的な、より知的な探査をする」という研究を、吉田教授は進めていると話します。誰も経験したことがないほどの宇宙という物理環境でロボットを動かす、まさに「未知への挑戦」が続いています。

宇宙という未知は、AIにとっても未知のチャレンジである

トークセッション本編では、吉田教授と渡久地に加え、AI inside CMOの前刀、ファシリテーターに同社で吉田研究室との共同研究をリードする髙橋蔵人も交えて、大きく3つのテーマで進行しました。

一つ目のテーマは「AIと宇宙と未知なる挑戦への原点」と題してディスカッションが進みます。ここで大きな柱となったのは、それぞれの挑戦領域が「未知」であることの難しさでした。吉田教授は日本の小惑星探査機「はやぶさ」の開発に携わりましたが、小惑星は「小さいがゆえに形がわからない、全く見えない世界」であり、探査そのものが初めて。誰も知らないことが大前提でありながら、岩石のサンプルを獲って地球へ帰還するというミッションを負っていました。

「達成するためには何が起こり得て、どういう準備をしていけば解決になるのか。それをみんなが持っているイマジネーションを総合して、何があってもへこたれない探査機を作ろう」と決めたのが、はやぶさであったと吉田教授は言います。

このエピソードを受け、渡久地は地上にも「未知」の領域があると返します。その一つがAIです。産業としてAIが使われる現状はあまりなく、それゆえに市場規模の予測も調査によってまちまち。「ビジネスとしても、テクノロジーとしても、新しいものが開発されて、派生するものが生まれている。毎日のように未知へチャレンジできるので楽しい」と声を弾ませます。

ソニーやウォルト・ディズニーなどを経て、ライブドアを創業し、アップルでも辣腕を振るった経験を持つ前刀も、ビジネスにおける「未知」を様々に体感した人物。前刀が「イマジネーションの塊」だと評するウォルト・ディズニーのある言葉を用いて、AI×ビジネスの挑戦について語ります。

「私はじっとしている事が出来ない。探索し、実験していないとダメなのだ。私は自分の仕事に満足したことがない。私は自分の想像力の限界に憤る」──ウォルト・ディズニー

中でも「想像力の限界」という意味では、宇宙探査×ロボット×AIの掛けあわせは「AIにとっても未知でありチャレンジングだ」と前刀。ロボット自らが感じ、考え、動くことが実現できるのか否かを考えても、前刀にとってこの挑戦が面白いことだと話します。「未知とは考えても考えても限界がないこと。無限に探求し続けられるからこそ面白いと僕は思うんですよ」。

この言葉に吉田教授も「(宇宙探査は)知識を最大限に活用し、見たことのない世界を予測することに尽きる。AIで言えば、データドリブンの世界に、未経験のことを掛け合わせていく。そこにAIにとって最も面白いチャレンジがあるのではないか」と応えました。

失敗は新しい発見である。AIの進化に「関連づける力」が持つ意味

2つ目のテーマである「失敗と成功」に話題が移ると、数々の宇宙プロジェクトで「失敗が許されない」という状況を背負ってきた吉田教授が、自らの「失敗観」について言及。「失敗しなければ成長しないのも事実です。石橋を叩いて何もしないことが最も安全になってはいけませんし、それでは進歩しない。リスクを知り、いかに克服するのか。失敗も成長の大事なステップである前提で、挑戦をやめてはいけない」と強く語ります。

ここで、吉田教授から提起されたのが、昨今でも話題の生成AIにおいて、「挑戦するAI」という切り口からの進化でした。渡久地はその進化像はあり得るアプローチだと返します。

「教師データなし学習の結果として、あえて異なるデータやパターンも生成していく。それは人間が“想像”として実行していることで、宇宙探査のプロジェクトとも合致する」。

前刀もこの可能性を後押しする格好で、「計画通りや想定通りの結果に終わるものが成功だといわれている節はあるが、それでは発見がない。ところが、失敗すると想定外が起きるから新たな発見がある。失敗は新しい発見だと思っておいたほうがいい」と付記します。

さらに、この「失敗論」は人間にとっても重要な意味を持つ、と前刀は述べます。人間には「創造的知性」と呼ばれる思考プロセスがあり、主として「観察力、質問力、実験力、相談力、関連づける力」によって構成されていると言います。固定観念なく観察し、自問自答を経て深掘りし、仮説に基づき実験し、実験結果を踏まえて他者の視点も借り、そして経てきたプロセスすべてを関連付けていく──特に5つ目の「関連づける力」は、ロジカルさだけでなく、創造性を発揮する能力であり、重要だと前刀は話します。

「関連づける力」の大切さには、吉田教授も呼応。研究者は数式で表現し、それを組み立てて答えを導いてきたが、それだけでは「表現できない世界」があることに、さまざまな人が気づいてきた。それをブレークスルーするのが事象を「関連づける力」であり、AIにおいても達成できるポテンシャルを秘めているのではないか、と投げかけました。

見たことのない景色のために、行きたいから、行く

さらに、「未知」について渡久地は「自分にとってハードルの低いもの」だと、議論に新しい見方を与えます。

「今日、ここで手にしたマイクが初めて見る形だった。乗ったエレベーターが心地よかった。そういった生活や仕事の事柄もピュアに見て、『未知だ』と感じることがすべての起点になる。常識への挑戦もその一つ。ピュアな視線があれば、いくらでもチャレンジしがいがある」と、未知なる挑戦という大きく聞こえがちなテーマであっても、主体たる自分の感性を衰えさせないことの重要性を述べます。

吉田教授は「登山好き」としての観点から、これまでに「見たことのない景色を見ること」の感動を幾度も得てきたことを振り返ります。宇宙探査もその地続きであり、「まだ誰も見たことがない景色を見る」という原動力の大切さについても説きました。

「人間は、一歩進むと、そこに未来の自分がいる。未来の自分を基準として考えていくと、さらにその先の可能性が見えてくる。立ち止まっていたら確実に何も起きない。吉田教授の研究も、僕らのチャレンジも、その連続なのでしょう」と前刀。

この言葉に吉田教授も「行きたいから行く、という言葉に尽きるかもしれない。ただ、そこへ確実に、安全に行ける方法のために知恵をいっぱい使うことです」と返すと、前刀は「行きたいからこそ、苦痛ではなく楽しみながらどんどん考えていけるわけですね」と納得の表情を見せます。

トークセッションは瞬く間に終わりを迎えましたが、AIと宇宙探査という「新領域」に目されることであっても、その根底にある挑戦心やマインドセットは、ピュアな熱量に支えられていることが感じ取れる時間となりました。

(文/長谷川賢人)
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吉田教授と渡久地の共同インタビューもぜひご覧ください。


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